浅尾の家は今橋一丁目にて東横堀に面し、右に高麗橋あり左に築地橋あり、更に前方即ち東方に天神橋屹然として起り、夜間両岸の燈火水に映じて恍として純然たる水郭に居るの想あらしむ。 是において毎日堀内院長来診して創口を療し、余は平臥動くことなく以て医命に従へり。 それ気管切開術、小手術なるには相違なきも手術は手術にして、その初や相当疼痛を覚へ、而して今後咳嗽するごとに、痰口より出でずして胸より出づ。 而して声全く嗄喝していささかの反響なく、わづかに近接して談話を便するのみ。 果然余は一種の不具者となり了れり。 而してこれ根本的治療にはあらずしてただかの一年半を迎ふる間、窒息して死するを予防するに過ぎざるのみ。