これより先、いまだ入院せざる前、余妻を携へて堀江なる明楽座に往き大隅太夫の浄瑠璃を聴く、妻が大隅を聴くこれを始めとす。
大隅は名人故春太夫の弟子にして春太夫歿後これが三絃を任じ居たる古今無双と称せられし豊沢団平に従ひ、同人にその神品ともいふべき三絃を以て引廻はされ、自然に故春太夫の音節の蘊奥を極むることを得たりといふ。
殊に近頃流行の壺坂寺の如きは団平実に開山にして、これを大隅に伝へたるが故に、ほとんど今日にありて大隅太夫の専売ともいふべし。
余出院して小塚へ帰るや、明楽座かの三十三所の題目を掲げ、壺坂寺の段は大隅太夫これを語ることとなり、毎日大入なりと聞けり。