津太夫声低して、七、八合目以外にある観客は恐らくは一語も聞ゆるなくして、ただ唇頭の動くを見るのみ、態度の変転するを見るのみ。 しかれども津太夫一たび場に現はるれば、満座粛然として敢て讙譁する者なし、けだし太夫意気精神を以て語りて、聴衆もまた意気精神を以て聴くなり。 もし二、三合目の処に居て仔細に傾聴するときは、その音節の微妙にして高尚なる、態度の自然に出でて少しも無理と当込みとなきこと、老練の極といふべく、彫琢して璞に帰へるものといふべし。
越路太夫の美、曲調の巧、真に匹儔なし。 けだし津太夫、呂太夫は、玉造の男形と相ひ待ち、越路太夫は紋十郎の女形と相ひ待ちて、倶にその妙を極むるを得、皆逸品なり。